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 『古事記』や『日本書紀』に第11代垂仁天皇が田道間守(たじまもり)を常世国に遣わして、「非時香菓」(ときじくのかくのこのみ)を求めさせ、10年もの歳月をかけて持ち帰るが、その間に天皇は崩御したという話が出てくる。そしてその「非時香菓」は今の橘(タチバナ)のことであると説明してある。「非時香菓」は本当に橘のことだったのだろうか?

〔時じくの香の木の実〕

 また天皇、三宅の連等が祖、名は多遅摩毛理を、常世の国に遣して、時じくの香の木の実を求めしめたまひき。かれ多遅摩毛理、遂にその国に到りて、その木の実を採りて、縵八縵(かげやかげ)矛八矛(ほこやほこ)を將(も)ち来つる間に、天皇既に崩りましき。ここに多遅摩毛理、縵四縵(かげよかげ)矛四矛(ほこよほこ)を分けて、大后に献り、縵四縵矛四矛を、天皇の御陵の戸に献り置きて、その木の実を擎(ささ)げて叫び哭(おら)びて白さく、「常世の国の時じくの香の木の実を持ちまゐ上りて侍ふ」とまをして遂に叫び哭びて死にき。その時じくの香の木の実は今の橘なり。(『古事記』)
 日本に古くから自生してきた唯一の柑橘類とされるタチバナが最も多く群生している場所は、高知県土佐市甲原の松尾山(標高271m)だということを前回紹介した(“日本最大規模「土佐市のタチバナ群落」”)。約200本ものタチバナが群生しているのは他に類例がなく、日本最大規模とされる。

 もしかして田道間守はかつての土佐国(高知県)からタチバナ(非時香菓)を持ち帰ったのではないかとの想像もしてみたが、あまりにも疑問点が多すぎる。問題点を列記してみよう。

①もともとタチバナは日本に自生しているにも関わらず、常世国(海外の国)から持ち帰ったとされている。
②『魏志倭人伝』にも「橘有り」と記述され、古くから日本に自生していることを裏付ける。
③柑橘類の結実は季節の影響を受け、季節によらないという意の「非時(ときじく)」という表現には適さない。
④「縵八縵矛八矛」という表現も橘ではなく、バナナの形状にピッタリ適合するとの指摘(西江碓児説)あり。

 客観的に見ると矛盾点を多く内包しながらも、この話がお菓子のルーツとされたり、畿内の寺社に植えられた橘の木の由来につながっていたりする。もしかして『古事記』『日本書紀』の編者は「時じくの香の木の実は今の橘なり」としなければならない事情があったのだろうか。それとも本当に橘のことを指していたのだろうか。掘り下げて考えてみたいところだ。


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無題
橘ではなく、橘の変種した柑子だったのではないでしょうか?
もしかしたら八代が浸水する以前に橘の甘いのがあったのでは?

地域が変わると柿も甘柿になったり、渋柿になる種があるので古代、橘も地域で甘くなる地域があったのではないでしょうか?
栗も戦前は日本には沢山種類があって刺の無い栗も色々あったそうです。
おちゃも 2020/05/30(Sat)12:47:02 編集
Re:無題
おちゃも様
 コメントありがとうございます。
 あまり考えていなかった視点を与えられました。そういえば宇土半島の八代海側にデコポン発祥の地がありましたね。

 「刺の無い栗」も初耳でした。愛媛県の宇和島から高知県西部にかけては栗がたくさん採れるところです。
 栗は縄文時代から栽培されていたようですから、栗林があるところは縄文時代からの歴史をイメージしてしまいます。
2020/05/30 23:09
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 大学時代に『「邪馬台国」はなかった』(古田武彦著)を読んで、夜寝られなくなりました。古代史に関心を持つようになったきっかけです。
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