久しぶりに『日高村史』を開くと、小村神社に関して「古い同社々伝記には、敏達天皇の勝昭二年(西暦五七三、大化以前の公称年号)に初まり、天平宝字三年(西暦七五九)吾川郡神ノ谷杉ノ端より移るとの記録がある。」(『日高村史』p13)との記述に目が止まった。「勝昭二年」という年号が書かれている。おそらく「勝照」が正しいのではないかと思っていたところ、同書272ページには次のように書かれている。

これに対して「小村社造替勧縁疏」では「按古来所傳、小村大天神者、用明天皇二年始鎮坐當國」と考察されており、江戸時代前期の儒者・谷重遠(号は秦山、1663~1718年)は、著書『土佐遺語』(一七〇八年頃成立)において「勝照」表記を用いており、「勝照二年=用明天皇二年(587年)」説をとっている。
他方、『土佐国群書類従 巻一』『高岡郡日高村資料調査報告書』など、「當天神者去勝寶二年當國御影向」と記載している活字本も多い。年号部分は「勝寶二年(750年)」である。
また一説に、当社は敏達天皇の勝照二年(五七二)に創建された。後天平宝字三年(七五九)に神ノ谷杉ノ端より日下に移り鎮座したとの説もある。北朝貞和三年(南朝正平二年)の棟札に「上棟正一位小村大天神造替云々、当天神宮は去勝照二年当国御影向之後、天平宝子三年被始行御舟遊畢云々」とあり、「勝照」は公称の年号ではないけれども、大化以前の奇僻の年号と史伝に散見され、勝照は敏達天皇の御宇という。(『日高村史』272ページ)この内容は『越知町史』にも踏襲されており、両町史の編纂に携わった明神健太郎氏の見解ではないかと推察する。ただし『越知町史』では「敏達天皇の勝照二年(西暦五七三、大化以前の公称年号)」と修正されている。「勝照二年=敏達天皇二年(西暦573年)」説である。
これに対して「小村社造替勧縁疏」では「按古来所傳、小村大天神者、用明天皇二年始鎮坐當國」と考察されており、江戸時代前期の儒者・谷重遠(号は秦山、1663~1718年)は、著書『土佐遺語』(一七〇八年頃成立)において「勝照」表記を用いており、「勝照二年=用明天皇二年(587年)」説をとっている。
他方、『土佐国群書類従 巻一』『高岡郡日高村資料調査報告書』など、「當天神者去勝寶二年當國御影向」と記載している活字本も多い。年号部分は「勝寶二年(750年)」である。
岡本健児氏もまた「小村神社の仁治・貞和の棟札」と題する論考(『伊野史談50号』伊野史談会、平成12年3月)において、墨書は摩滅が著しく赤外線照射によって棟札に記された文字を確認し、「勝寶二年」と判断している。

このように史料によって表記が異なり、議論が分かれるところだが、かつての小村神社の宮司が重要な証言を残している。『高知県高岡郡日高村下分鎮座 土佐二の宮小村神社誌』(小村神社々務所 宮司高橋尊幸、昭和53年盛夏)に次のようにある。
このように史料によって表記が異なり、議論が分かれるところだが、かつての小村神社の宮司が重要な証言を残している。『高知県高岡郡日高村下分鎮座 土佐二の宮小村神社誌』(小村神社々務所 宮司高橋尊幸、昭和53年盛夏)に次のようにある。
北朝貞和三年(南朝正平二年)十一月十五日の棟札に、上棟正一位小村大天神造替云々当天神宮者去勝照二年当国御影向後、天平宝子三年被始行御舟遊云々(後記棟札参照のこと)
とあり、「勝照」は公称の年号でないけれど、大化以前奇僻の年号と史伝に散見され、敏達天皇十四年より用明天皇を経て崇峻天皇元年に至る間の私年号であって、勝照二年は用明天皇二年である。当社の棟札の写及び南路志に「勝照」を「勝宝」と記載してあるのは重大な誤りであって、「高知県史考古資料編神社明細帳」及び「日高村史」の棟札に記載されている「勝照」の年号が正確である。
「わが意を得たり」である。『南路志』に「勝照」を「勝宝」と記載してあるのは誤りであって、「勝照」の年号が正確だというのだ。「勝照」は敏達天皇十四年(585年)より用明天皇を経て崇峻天皇元年(589年)に至る年号である。近畿天皇家以外に年号なしとの通説から「敏達天皇二年」や「用明天皇二年」に当てるのもいかがなものか。やはり「勝照二年」は勝照二年として扱うべき年号なのである。
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大学時代に『「邪馬台国」はなかった』(古田武彦著)を読んで、夜寝られなくなりました。古代史に関心を持つようになったきっかけです。
算数・数学・理科・社会・国語・英語など、オールラウンドの指導経験あり。郷土史やルーツ探しなど研究を続けながら、信頼できる歴史像を探究しているところです。
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