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 過去のブログで、“柳田國男の「強羅」は……”および、“柳田國男の「強羅(ごうら)」は……その2”とのタイトルで記事を書いた。研究が進展したので、その続編のような位置付けで、さらに踏み込んだ考察をしてみたい。
 『東洋町の神社と祭り』(東洋町資料集・第7集)で原田英祐氏が安芸郡東洋町大字河内字高良前に鎮座する高良神社(“甲浦八幡宮境外摂社ーー高良神社(前編)”、“甲浦八幡宮境外摂社ーー高良神社(後編)”)について『高知県神社明細帳』の記述を紹介するとともに、次のような興味深い注記を加えている。
 注・全国的に著名な高良神社には①官弊大社・石清水八幡宮の摂社・高良明神社②国弊大社・筑後国の高良神社がある。高良はコウラと読み、武内宿祢の別名とされるが詳細不明。野根の高良神社は旧名竹内大明神と称し、奈半利多気神社と同系か? とすれば、コウラは野根のゴーロや奈半利のコゴロクと同義語・五六(林産物集積地〜加工所〜交易地)の意味にも結びつく。(第7集P21)
 まず、高良はコウラと読むことを明記している。これにはかつて神職でも「たから」と誤読する事例があったことを原田氏にお伝えしたことがあったので、配慮してくださったものであろう。だが、「コウラは野根のゴーロや奈半利のコゴロクと同義語・五六(林産物集積地〜加工所〜交易地)の意味にも結びつく」としたのはどうなのだろうか。
 『日本の地名 60の謎の地名を追って』(筒井功著、2011年)の151ページに、「強羅(ごうら)」地名について書かれている。「ゴウラ、ゴウロ、コウラ、コウロ」などの変化ありとし、神奈川県箱根町強羅について、柳田國男は「岩石の露出している小地域」を意味すると指摘したという。
  そこで『柳田國男全集20』(柳田國男著、1990年)の164ページを開くと、次のように説明されている。
   一八 強羅
 箱根山中の温泉で強羅という地名を久しく注意していたところ、ようやくそれが岩石の露出している小区域の面積を意味するものであって、耕作その他の土地利用から除外せねばならぬために、消極的に人生との交渉を生じ、ついに地名を生ずるまでにmerkwürdigになったものであることを知った。この地名の分布している区域は、
 相模足柄下郡宮城野村字強羅
 同 足柄上郡三保村大字中川字ゴウラ
 飛騨吉城郡国府村大字宮地字ゴウラ
 越前坂井郡本郷村大字大谷字強楽
 丹波氷上郡上久下村大字畑内字中ゴラ
 備前赤磐郡軽部村大字東軽部字ゴウラ
 周防玖珂郡高根村大字大原字ゴウラ谷
 大隅姶良郡牧園村大字下宿窪田宮地字コラ谷
等である。西国の二地は人によってコの字を澄んで呼ぶのかも知れぬ。ゴウラはまた人によってゴウロと発音したかと思う。こちらの例はなかなかある。いずれも山中である。
 信濃北佐久郡芦田村大字渡字郷呂
 駿河安倍郡村大字渡字ゴウロ
 飛騨吉城郡坂下村大字小豆沢字林ゴロ
 美濃揖斐郡徳山村大字戸入字岩ゴロ
 但馬城崎郡余部村大字余部字水ゴロ
 美作苫田郡阿波村字郷路
 安芸高田郡北村字号呂石
 長門厚狭郡万倉村字信田丸小字黒五郎
 伊予新居郡大保木村村大字東野川山字郷路
 土佐吾川郡名野川村大字二ノ滝字ゴウロケ谷
 土佐にはことにゴウロという地名が多い。中国ことに長門にもたくさんあるから、かの地の人は地形を熟知しているであろう。
 柳田國男が「土佐にはことにゴウロという地名が多い」と言及しているように、安芸川下流右岸や室戸岬周辺に、いくつかの「ゴウロ」地名が見られる。しかし、これらについては、原田英祐氏が説明しているように、「材産物の集積地」由来の地名であり、「岩石の露出している小地域」とは異質なのである。

 高知県は古代から岐阜県と並び良質な材木が採れるとされたことで、畿内の寺社の建替えなどに用いる木材の供給地(杣;そま)として、山から木を切り出し、川を下って河口付近に材木を集積し、畿内方面に運び出していた。そのような場所に「ゴウロ」地名が存在している。
 もちろん、長野県下高井郡木島平の朝日ゴウロ古墳や長野市芋井の狢郷路山(むじなごうろやま)のように、「ゴウロ」とは岩っぽい場所を指すことが多い。上水内郡信濃町黒姫山の表登山道(東登山道)の入り口、町民の森近くにも「ゴウロ」地名があるとのこと。これらの地名に関しては柳田國男の説が適用されそうである。
 一方、和歌山県東牟婁郡古座町姫字ゴウラに関しては三角州性低地として「河川の土砂が河口付近に堆積して形成された平野部分」といった場所もある。むしろこの場合は高知県のゴウロ地名に近いのではないか。
 そしてもう一つ、高良神社由来地名「コウラ」の存在も無視できない。調べてみると、柳田國男が収集した地名群の中にも、高良神社由来地名が混ざっている可能性すらある。「飛騨吉城郡国府村大字宮地字ゴウラ」「大隅姶良郡牧園村大字下宿窪田宮地字コラ谷」——いずれも「宮地」すなわち神社の宮床を連想させる。そのような場所は神社名あるいは祭神名がそのまま地名となっているケースが大半である。高知県でも香南市香我美町徳王子の高良神社鎮座地にコウラ谷が存在する。
 柳田國男の説を受け、筒井功氏も「ゴウラ、ゴウロ、コウラ、コウロ」などをひとくくりにしているが、これらは少なくとも3種類の語源が異なる地名に分類されそうである。①「岩石の露出している小区域」(主に山岳地帯)、②「材産物の集積地」(主に河川の下流域)、③「高良神社宮床」(高良神社鎮座地あるいは旧鎮座地)である。
 地名研究は土地勘がないと難しい部分もある。今回紹介した「ゴウロ」などの類縁地名が身の回りにあれば、①〜③のどれに当てはまるか、検討してみてほしい。「師の説にななずみそ」ーー権威ある学者の説であっても鵜呑みにせず、しっかり検証して学問を進展させていくことが後進たちの責務なのかもしれない。



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 大学時代に『「邪馬台国」はなかった』(古田武彦著)を読んで、夜寝られなくなりました。古代史に関心を持つようになったきっかけです。
 算数・数学・理科・社会・国語・英語など、オールラウンドの指導経験あり。郷土史やルーツ探しなど研究を続けながら、信頼できる歴史像を探究しているところです。
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