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 東津野村(現津野町)にあった筑紫神社。グーグルマップや住宅地図などでは見当たらない。最後の手段は『長宗我部地検帳』である。しかし、ここで一つ問題がある。
『東津野村史 上』(高知県高岡郡東津野村教育委員会、昭和39年)には「筑紫神社 高良神 北川村管の谷 寛文十年(一六七〇)筑紫大権現」とある。1670年が創建の年代であれば、検地が行なわれた時点(天正十六年、1588年)では存在していないことになる。もし再建等ならば同様のものがあった可能性はある。
 『長宗我部地検帳 高岡郡下の一』436ページに「コウラ 十代 下ヤシキ 古宮名 
宮内兵衛 同し(公領) 祖母ゐ」と出ている。「コウラ」というのがホノギ(小字)である。高知県下において、既に「コウラ」地名がいくつも見つかっており、その大半は地形由来とは思われず、神社由来地名と考えられる。だが、場所が「津野芳生野村」となっており、北川村ではなかった。

 一方、404ページ「津野北川村」には「カワラ」のホノギが出ている。『角川地名大辞典39高知県』(昭和61年)にも、東津野村北川に「川原毛」「河原」などが見える。高良神はかつて「カワラ神」とも呼ばれていたことから関連性があるかもしれないが、地形由来地名の可能性も高い。また行政区域も時代変遷があるので、資料がなければ正確なところまでは言及できそうにない。
 しかしながら、新たな「コウラ」地名の発見により、16世紀以前から高岡郡津野町に高良神が祀られていた形跡はつかめたと言えるだろう。高良神を祀る筑紫神社はその流れを汲む神社であったと推測される。

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 大学時代に『「邪馬台国」はなかった』(古田武彦著)を読んで、夜寝られなくなりました。古代史に関心を持つようになったきっかけです。
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