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安田亨のリスペクトする池見酉次郎先生

 東大受験では定番となっている『東大数学で1点でも多く取る方法 理系編』シリーズ。著者の安田亨氏がリスペクト(尊敬)する人物が本の裏表紙に紹介されている。


 座右の銘は「汝まず世界の必要とするものとなれ。さすれば、たとえ森の中に住むといえども汝の戸口に人々が集まるであろう(元は思想家Ralph Waldo Emersonの言葉。九州大学名誉教授・池見酉次郎先生が座右の銘としておられるのを本で見て)」

 おそらく『セルフコントロールの医学』(池見酉次郎著、1978年) 辺りの本を読んでのことではないかと推察する。私自身も池見酉次郎(いけみ ゆうじろう、1915ー1999年生とは縁があって、特に医学部を目指す生徒には紹介することもある。

 池見先生は日本の心身医学、心療内科の基礎を築いた草分け的な日本の医学者であった。医学部を志したきっかけは、自らの吃音の悩みがあったからとも聞く。そしてアメリカにも渡り、エマーソンの言葉の真意を直接質問したという。その答えは意外にも「良いネズミ捕りがあれば森の中でも買いに来る」といったニュアンスだったらしい。
 20年ほど前に、池見酉次郎先生の訃報を知り、先生とお話した内容が思い返された。1991年頃だったろうか。当時、池見先生から実存的転換について伺った。ドクターからなぜ哲学? と思われるかもしれないが、そこに心療内科(ホーリスティック医学)の真髄があると感じさせられた。
 末期ガンの患者で、まれにガンの退縮が起きることがあるという。そのような患者さんに話を聞くと、共通する体験があった。それまでは自分の力で生きてきたと思っていたが、死に直面した時に「大自然の中で、生かされて生きている自分であった」ことに気付かされたというのだ。ーーこれこそまさに実存的転換である。
 恥ずかしながら、当時は実存的転換の意味すらよく知らなかった。その後、ショーペンハウアーやキルケゴールなどの実存主義哲学へと目を開かされる契機にもなった。
 医学部志望の生徒が増える昨今。単なる合格請負人にはなりたくない。世の中から必要とされる人物を送り出していきたいものだ。さすれば地方大学といえども、汝の戸口に人々が集まるであろう。


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【2019/02/06 05:06 】 | おもしろ授業 | 有り難いご意見(0)
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