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 かつて伊予水軍の拠点として栄えた三津港から少し内陸の岡の上。115段もの石段を登り、生石(しょうせき)八幡神社(松山市高岡町917)に到着。海が見えるかと期待したが、樹木にさえぎられて見ることはできなかった。
 往古、神功皇后御駐蹕の遺跡の岡に鎮座し、伊佐爾波の岡の宮と称えたという。貞観元年(859年)奈良大安寺の行教和尚が八幡山に八幡宮を勧請し、岡の宮と合わせて生石八幡宮と称えた。

 境内には素鵞神社・石鎚神社・松尾神社・加茂神社・住吉神社・招魂社など、いくつもの境内社が建ち並ぶ。拝殿の左手に鎮座しているのが高良玉垂八幡神社である。各境内社ごとに由緒が記されていることは有難い。祭神は誉田別尊命(ほむだわけのみこと)と武内宿祢命(たけしうちのすくねのみこと)。以前は大字南吉田に鎮座、明治41年(1908年)12月16日に、合併許可によって境内末社となったことが分かる。

 ここでも明治39年に出された神社合祀令(神社整理)の影響が見られる。施行は県知事の裁量に任された部分もあったが、最も忠実に実行したのが、三重県・和歌山県・愛媛県であったという。この時、規模の小さな無各社などが、郷社といった地域の中心的な神社の境内社として合祀されるようになった。

 愛媛県で高良神社が境内社となったのがいつか? これは課題としてきた問題であったが、少なくともここは明治時代末であることが分かった。なお、それ以前の姿がどのようなものであったかが次に調査すべきテーマとなる。

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 大学時代に『「邪馬台国」はなかった』(古田武彦著)を読んで、夜寝られなくなりました。古代史に関心を持つようになったきっかけです。
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