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韓国内陸行一月
 『魏志倭人伝』における行路記事は信用できないのか? 多くの学者たちが倭人伝には誤り多しとし、南を東に改訂し畿内説に結びつけたり、一月を一日の誤りとし九州説を主張したりしてきた。ポイントとなるのは次の箇所である。

 「郡より倭に至るには、海岸に循って水行し、韓國をへるに、たちまち南したちまち東し、その北岸狗邪韓國に至る七千余里。(中略)南、邪馬壹國に至る。女王の都する所なり。水行十日、陸行一月。」

 確かに日本国内を一月も歩いたとしたらどこへ行くか分からない。しかし、部分里程を記した後、帯方郡より邪馬壹国への総里程を「水行二十日、陸行一月」として併記していることに気づけば従来の矛盾点が説明できる。
 では「陸行一月」とはどこのことか? 韓国内陸行である。これこそまさに古田武彦氏の慧眼と言わざるを得ない。「韓國をへるに、たちまち南したちまち東し」というのは、南に行ったり東に行ったりしてジグザグと韓国を通過するの意である。これに対して、韓国内にそのようなルートの街道はなく一月もかからないといった反論があった。この点に関して、私は数年前にある資料を目にして、古田氏に伝えねばと思いつつ今日に至り、ささやかながらここで紹介したいと思う。次の図を見て欲しい。

kankoku

 これは朝鮮戦争当時、北朝鮮軍の南進が始まって、ソウルから釜山(すなわち倭国の北岸狗邪韓國あたり)へ逃避を余儀なくされた人のたどった道のりである。キャプションを見ると1951年1月3日~27日とある。一か月弱であるが、総里程として考えれば、韓国内+倭国内合わせて陸行一月が俄然真実味を帯びてきた。
 かつては韓国の西岸・南岸を船で通ったとする説ばかりであったが、韓国ドラマ『海神(ヘシン)』を見ても、その航行がいかに困難を極めるかが分かる。上図は「たちまち南し、たちまち東し(乍南乍東)」というにぴったりではないだろうか。実際の行程については、韓国内において土地勘のある研究者の調査を待ちたい。

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【2011/11/24 14:50 】 | 魏志倭人伝 | 有り難いご意見(0)
俾弥呼(ひみか)発見!
 待ち望んでいた『俾弥呼』(古田武彦著、ミネルヴァ書房)を手にした。県立図書館に置いてあるとはありがたい。司書の方々の中に良識的な人がいらっしゃるようである。
俾弥呼(ひみか)
 さて、社会のテストで邪馬台国(魏志倭人伝の原文は邪馬壹国)の女王の名前を書けといった問題は日常茶飯事。「卑弥呼(ひみこ)」と答えさせる意図であるが、解答例の中に「ひめこ」も可とされているものもある。ではもし、「ひみか」と答えたらどうなるのか。まず間違いなく不正解にされるだろう。
 「呼」の文字が「こ」ではなく「か」と読むことについては古田氏の論証を参照して頂きたいが、甕棺(みかかん)の地にあって「ひみか」と読むことはさもありなんといったところだ。現代人にとっては巫女や○○子という女性の名前がひみこという読みをしっくり感じさせていたかもしれないが、古代にあってはむしろ違和感さえある。小野妹子が女でなく男であったことを知った生徒たちの驚きはいかばかりか。また、皇子(みこ)とくればむしろ男性の名前を連想させる。
 名前は時代とともに流行りすたりがある。最近は女の子で○○子という名前をほとんど見なくなった。男女どちらともとれるような名前や何と読むか分からないものも増えた。そのうちまた、男の子で○○子という名前が出てこないとも限らない。
 果たして、歴史の教科書に卑弥呼の読みがひみかと掲載されるのはいつのことだろうか。その時には彼女の真実の姿を詳述してほしい。神功皇后やアマテラスといった誤った比定ではなく、甕依姫(みかよりひめ)という本名とともに。

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【2011/11/18 22:29 】 | 魏志倭人伝 | 有り難いご意見(0)
薯童謡(ソドンヨ)に登場した黒歯国
 韓国ドラマ「薯童謡」を見ていたら、罪人を黒歯国へ送るという話が出てきた。注釈に今のフィリピンと但し書きしてあった。これが韓国における通説ということなのだろうか。
 「裸国・黒歯国」といえば知る人ぞ知る、『魏志倭人伝』の最後を飾る国名である。船行一年で行ける場所とされている。一年といっても弥生時代のカレンダーでは現在の半年に相当する期間である。太平洋に漕ぎ出した船は黒潮(日本海流)に乗って北アメリカ大陸へ向かう。アメリカ西海岸まで約3か月。それから南下すること3か月で南米のエクアドル付近までやってくる。
 かつて、アメリカ大陸のモンゴロイドはベーリング海峡が陸続きであったときに、アジア側から陸伝いに渡っていったというのが定説であった。ところが科学的調査が進むにつれて、むしろ太平洋を横断したという説が有力になってきた。不思議なことにエクアドルのバルディビア遺跡からは九州の縄文土器にそっくりの土器が発見されているという。まさにそこが「裸国・黒歯国」の領域ということになりそうだ。そのことが記録されているところを見れば、帰ってきた人もいるということか? 縄文人の航海術を侮るべからず。

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【2011/10/21 13:29 】 | 魏志倭人伝 | 有り難いご意見(0)
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