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 『古事記』『日本書紀』に木花之佐久夜毘売(このはなさくやひめ)と石長比売(いわながひめ)の姉妹の話が出てくる。妹の木花之佐久夜毘売は美人で見染められ求婚されたが、姉の石長比売は醜く追い返される。天皇の寿命が短くなった原因譚ともされている。実質は二倍年暦から一倍年暦に暦が切り替わることによって、百歳を超えていた寿命が急に短くなったように見えたということだろうか。二倍年暦以前には二十四倍年暦のようなさらに異なる暦が用いられていた可能性がある。
 天孫邇邇芸命が日向の高千穂峯に天降りされた後、吾田(あた)の笠紗(かささ)の岬で絶世の美人に出会った。
 「誰れの娘か」と問われると、大山津見神の娘で名は神阿多都比売、またの名を木花之佐久夜毘売」と答えられた。
 邇邇芸命が、「結婚したいと思うがいかに」と申されると、「私からは申し上げられません。父の大山津見神がお答え申し上げましょう」と答えた。
 大山津見神は喜んで、姉の醜い石長比売を副え、多くの献上物とともに邇邇芸命の許に奉った。 しかし命は醜い石長比売を見るなり送り返され、妹だけを止められて婚姻された。
 大山津見神は「娘二人を奉ったのは理由がある。 石長比売を奉ったのは、その間に生れた御子は石のように永久に生命があるようにと。 木花之佐久夜比売を奉ったのは、木の花の栄ゆるが如く御子も栄えるようにとの理由からだ。 だが、今、石長比売を返され、木花之佐久夜比売一人を止められたから、 天つ神の御子の寿命は木の花のようにはかないものになるだろう」と申された。
 今でも天皇の御寿命が短いのはそのためである。
 それはさておき、聖書の中に似たような話がある。レアとラケルの姉妹の物語である。『旧約聖書』の「創世記」には多くの話が盛り込まれているが、その半ばあたりに書かれている。イサクとリベカの双子の弟ヤコブは兄エサウに与えられるはずの祝福を、母リベカの知略によって奪い取り、エサウの恨みを買って、伯父ラバンのもとへ逃れる。そこでヤコブはラバンの娘ラケルを好きになった。

創世記第29章16~32節

16 ラバンにはふたりの娘があった。姉の名はレア、妹の名はラケルであった。
17 レアの目は弱々しかったが、ラケルは姿も顔だちも美しかった。
18 ヤコブはラケルを愛していた。それで、「私はあなたの下の娘ラケルのために七年間あなたに仕えましょう。」と言った。
19 するとラバンは、「娘を他人にやるよりは、あなたにあげるほうが良い。私のところにとどまっていなさい。」と言った。
20 ヤコブはラケルのために七年間仕えた。ヤコブは彼女を愛していたので、それもほんの数日のように思われた。
21 ヤコブはラバンに申し出た。「私の妻を下さい。期間も満了したのですから。私は彼女のところにはいりたいのです。」
22 そこでラバンは、その所の人々をみな集めて祝宴を催した。
23 夕方になって、ラバンはその娘レアをとり、彼女をヤコブのところに行かせたので、ヤコブは彼女のところにはいった。
24 ラバンはまた、娘のレアに自分の女奴隷ジルパを彼女の女奴隷として与えた。
25 朝になって、見ると、それはレアであった。それで彼はラバンに言った。「何ということを私になさったのですか。私があなたに仕えたのは、ラケルのためではなかったのですか。なぜ、私をだましたのですか。」
26 ラバンは答えた。「われわれのところでは、長女より先に下の娘をとつがせるようなことはしないのです。
27 それで、この婚礼の週を過ごしなさい。そうすれば、あの娘もあなたにあげましょう。その代わり、あなたはもう七年間、私に仕えなければなりません。」
28 ヤコブはそのようにした。すなわち、その婚礼の週を過ごした。それでラバンはその娘ラケルを彼に妻として与えた。
29 ラバンは娘ラケルに、自分の女奴隷ビルハを彼女の女奴隷として与えた。
30 ヤコブはこうして、ラケルのところにもはいった。ヤコブはレアよりも、実はラケルを愛していた。それで、もう七年間ラバンに仕えた。
31 主はレアがきらわれているのをご覧になって、彼女の胎を開かれた。しかしラケルは不妊の女であった。
32 レアはみごもって、男の子を産み、その子をルベンと名づけた。それは彼女が、「主が私の悩みをご覧になった。今こそ夫は私を愛するであろう。」と言ったからである。
 日本神話「木花之佐久夜毘売と石長比売」と聖書の物語「レアとラケル」、とても似ていると思いませんか? 「何が」って、できの悪い娘を思う父親の心が、である。もちろん話の設定やストーリー展開など、差異も見られるが、よく似通っていると感じるのは私だけだろうか。
 心理学者カール・ユングは、異文化間の神話に見られる類似性から、すべての人間は生まれながらの心理的な力を無意識に共有する(集合的無意識)と主張し、これを「元型」と名づけた。
 身体的に劣等感を感じている姉といつも人々からチヤホヤされる可愛いらしい妹。そこには誰もが共通に陥りやすい葛藤を生じさせる状況であり、神話のストーリーとしてはうってつけだろう。
 しかし、集合的無意識を持ち出さなくても、神話の時代から人々の東西交流が行われていたとしたら、神話の内容が相互に影響し合うことは有り得るだろう。ちなみに福岡県出身の木花(きばな)さんという人に会ったこともある。
 私はかつて、「神話理解の三段階」という文章を書いたことがある。
①神話をその如く信じる段階
②神話は作り話であると否定する段階
③神話には歴史的事実が反映されていると高次元的に解釈する段階
 実際に『聖書』や『日本書紀』、ギリシャ神話などが、一度は「全くの創作にすぎない」と批判されながらも、歴史的事実を反映した内容を含んでいたことが明らかになってきている。そのような理解に立って神話研究を進めていくことで、新たな歴史的事実を解明するきっかけになることもあるのだ。



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 大学時代に『「邪馬台国」はなかった』(古田武彦著)を読んで、夜寝られなくなりました。古代史に関心を持つようになったきっかけです。
 算数・数学・理科・社会・国語・英語など、オールラウンドの指導経験あり。郷土史やルーツ探しなど研究を続けながら、信頼できる歴史像を探究しているところです。
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