最新の「四国の高良神社分布図」(2019年2月現在)を発表したところ、「住吉神社についてはどうですか?」との質問を受けた。『古田史学会報』144号で「住吉神社は一大率であった」とする奈良市の原幸子さんの論稿がある。近畿は「住吉神社」を設置した時点から九州王朝の治世下にあったとする考察で、一見突拍子もないが、『住吉大社神代記』の分析による論拠は、一笑に付すことのできない内容がある。『魏志倭人伝』には、次のように書かれている。
「自女王國以北 特置一大率 検察諸國 諸國畏揮之 常治伊都國 於國中有如刺史」
すなわち、女王国の北側には、特別に一大率(いちだいそつ)を置いて諸国を監察させており、諸国は畏(おそ)れている。女王は常に伊都国で治めており、中国(漢、魏)の刺史(しし、監察官)のようだというのである。
筑後国の一宮・高良大社の祭神に住吉大神が含まれており、九州王朝の水軍と関連があるのではないかというイメージは以前から持っていた。その住吉神社の分布が高知県ではどうですかとの質問の意図であろう。
高知県のいくつかの住吉神社が浮かんだが、「資料を見てみないとはっきりは分かりません」と答えた。多いような、少ないような漠然としたイメージしかなかったが、『鎮守の森は今』(竹内荘市著、2009年)を開けば、神社数上位のランキング表があったので確認できると踏んでいた。
高知県のいくつかの住吉神社が浮かんだが、「資料を見てみないとはっきりは分かりません」と答えた。多いような、少ないような漠然としたイメージしかなかったが、『鎮守の森は今』(竹内荘市著、2009年)を開けば、神社数上位のランキング表があったので確認できると踏んでいた。
ところが、実際に表を見てびっくり。10社以上のランキング表に載っていない。一桁しかないということだろうか。そこまで少ないというのは意外な気がして、すぐに数え上げることにした。その結果22社が確認できた。多いというほどでもないが、妥当な線であろう。しかし、なぜこれほどポピュラーな住吉神社がランキング表から漏れたのであろうか。
『鎮守の森は今』は著者・竹内氏のフィールド・ワークと神社愛によって書かれた本なので、多少の漏れや間違いがあっても、文句を言う筋合いなどない。むしろ、県内の神社に関する基本資料を作っていただいて感謝するばかりである。
調査結果としては、県内にバランスよく分布しているという状況が掴めた。一覧表を作成したので、ご参考までに。
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塾講師
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大学時代に『「邪馬台国」はなかった』(古田武彦著)を読んで、夜寝られなくなりました。古代史に関心を持つようになったきっかけです。
算数・数学・理科・社会・国語・英語など、オールラウンドの指導経験あり。郷土史やルーツ探しなど研究を続けながら、信頼できる歴史像を探究しているところです。
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