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 古代南海道について、いくつかのリアルすぎるとさえ感じる伝承がある。
   例えば、『仁淀村史』(仁淀村史編纂委員会、1969年)は、初代官道を「幡多回りの道」としながらも、別に「久万官道」を想定している。古伝として「斉明天皇七年(661)に天皇が伊予に上陸し、土佐に行幸、朝倉明神木丸殿に着」とあり「これ古の駅路也。外に道なし、伊予の場所より土佐の朝倉まで陸地相去ること30里、其間、山高く嶺重なり坂長く道険し」とあり、また、仁淀村沢渡の「三島神社」の鎮座から「古代伊予との交通の要路で、付近一帯は古代人の小集落であったことを立証するものである」と述べている。
   また、「伝えられるところによりますと、養老二年官道開設の許可によって、翌、養老三年(719)から道路開設工事が始まり、五年後の神亀元年(724)に完成した」と『土佐の道 その歴史を歩く』(山崎清憲著、1998年)で紹介されている。
   さらに山崎氏は他の著書で「久万官道(655年)開設」としており、その根拠となる出典については触れられていない。果たして伊予と土佐を結ぶ久万高原越えの古代官道が存在したのだろうか?


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 大学時代に『「邪馬台国」はなかった』(古田武彦著)を読んで、夜寝られなくなりました。古代史に関心を持つようになったきっかけです。
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