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「コウラ」という場所に建つ八坂神社

  「大坊(宝)天王社、梅木村に在り」
  『土佐州郡志』という分厚い本に書かれた江戸時代の記述(読み下し)である。この梅木村とは、かつての鏡村梅木。現在は市町村合併によって高知市に取り込まれた。
  明治維新の際、神仏分離と名称変更の通達が出され、大宝天王社は八坂神社になった。名称変更には具体的な指示があり、その一例が「牛頭天王→八坂神社」である。大宝天王もこれに倣ったと思われる。
  ところで大宝天王とは何だろうか? 滋賀県栗東市に大宝神社(旧:大宝天王宮)というところがある。701年の勧請で、元々は追来(オフキ)神社であったところに主祭神が置き換えられ、地主神は若宮として境内社の位置付けになったと推測されている。

  高知市鏡の八坂神社も戦国時代までは確実にさかのぼる歴史がある。もしかしたら大宝年間(701~704年)に勧請されたので、大宝天王と呼ばれていたのかも知れない。
  実はこの場所、「コウラ」という地名で地元の人もそう呼んでいたことを秋の大祭の時に聞いてきた。『高知県神社明細帳』には、一説には「コウラ天王」という記載があり、本来は高良神社が祭られていた可能性が非常に高いということが分かってきた。それに加え、大宝年間の祭神置き換えが事実であったとしたら、701年の九州王朝から大和朝廷への政権交代を裏付けるものとなりそうだ。



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【2018/02/07 11:06 】 | 高良神社の謎 | 有り難いご意見(0)
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