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 数年前(2013年)、北海道から高知へ鶴が渡ってきて、かもめが鶴に変わったと囁かれた。何の話かというと、ドラッグストアの「かもめ薬局」が「ツルハドラッグ」にとって変わられたことを喩えたものである。
 ツルハホールディングスの経営者は鶴羽さん。『名字由来net』によると、「鶴羽」姓は現香川県である讃岐国寒川郡鶴羽庄が起源(ルーツ)とされる。近年、北海道、徳島県をはじめ九州や四国に多数みられる。
 また「津留」姓は現福岡県南部である筑後国山門郡津留村が起源(ルーツ)である。現宮崎県である日向、現大分県中南部である豊後にもみられる。近年、九州に多数みられる。関連姓は鶴。清和天皇の子孫で源姓を賜った氏(清和源氏)新田氏流、中臣鎌足が天智天皇より賜ったことに始まる氏(藤原氏)秀郷流窪田氏族などにみられる。
 ところで、全国には鶴に関する地名が数多くある。ツルという語については、柳田国男が何度か言及し、鶴・釣・津留などの字が当てられているが、ツルとは水流すなわち、水がたたえられているところを指すとも考えられている。
 このことに関連して、『戦国・織豊期の社会と文化』(下村效著、昭和57年)の中に「ツルイ考――古代・中世村落考察のための一作業――」という論文が収録されている。『広辞苑』などでは「ツルイ」とは「ふかい竪(たて)井戸。吊井(つりい)。釣川。坪川(つぼかわ)」と説明されているが、地名に見られる「ツルイ」が実際は何を指しているのか。下村氏は、『長宗我部地検帳』に出てくる「ツルイ」地名を須崎市で悉皆調査をしている。その結果をまとめたのが次の四型類型である。

 ▽第一型 谷のツルイ

 小渓の淀みに石などで足場を構え、上部を水汲み場、下部を洗い場とする、最も素朴な水場

 ▽第二型 山清水のツルイ

 崖の際に湧出する泉を石で囲った水場

 ▽第三型 泉井戸のツルイ

 崖から少し離れたところに石で囲んだ井筒がある。

 ▽第四型 派生型

  掛樋で簡便に導水し、水槽・水瓶の設えをする。

 つまり、①小渓流に近く ②ツルイの水位は低く、深い竪井戸(釣瓶井戸)ではない ③個々の屋敷外にあり共同井として利用ーーの3点が当時のツルイである。
 言われてみれば、さもありなんである。昔は水道などなく、深い竪井戸が普及するのは近世以降である。けれどもライフラインとして生活用水の確保は村落の形成のためには絶対不可欠であり、県下に広く「ツルイ」地名が分布していることが、そのことを示している。

■四万十町の採取地

 四万十町の字一覧から、「ツルイ」地名を抽出すると次の26カ所となる。
 ウスツル井(宮内)、ツルイガスソ(家地川)、ツルイガ谷(七里・柳瀬)、ツル井ノモト(七里・西影山)、鶴居ノ原(七里・小野川)、ツルイガ谷(七里・志和分)、鶴井谷・鶴井ノ平(上秋丸)、ツルイノクボ(市生原)、下ツルイ(上宮)、ツルイノ谷(弘瀬)、ツルイノ谷(大正北ノ川)、ツルイ谷(相去)、柳ノツルイ(江師)、ツルイノ本(大正中津川)、カミツルイ・クボツルイ(下道)、ツルイノ谷(津賀)、ツルイノ谷・ツルイノ奥(昭和)、ツルイ本(河内)、奥釣井・釣井ノ口(地吉)、シモツルイ(十和川口)、ツルイ畑(広瀬)、ツル井ノヒタ(井﨑)

■四万十町外の採取地

 上ツルイ(いの町池ノ内)、ツルイノ上(いの町大内)、ツルイ(宿毛市押ノ川)、鶴井・鶴井ヶ谷(宿毛市小筑紫町湊)、ツルイヤシキ(宿毛市橋上町橋上)、鶴井ヶ谷(宿毛市平田町戸内)、ツルイ・ツルイダバ・ツルイ山(宿毛市平田町黒川)
(『四万十町地名辞典』より引用)
 下村效氏は「地検帳で中世・近世の村落を分析しようとすれば、まず、その景観の復元作業が必須となるが、そのためにはこの”ツルイ”とは一体、どのようなものであるかを見極めなくてはならない」(『土佐史談194号』「長宗我部地検帳のツルイ」)とし、須崎市の「ツルイ」地名をくまなく踏査し、土地の人々から聞き取り調査を行った。その結果、戦国期の土佐の山間部、山麓部農村では、さきのツルイ三態を「ツルイ」と呼んでおり、それは通念のような深い竪井戸ではなかったという事実を確かめ得た。「ツルイは井の原初的形態」であり、天正期に確かめられたツルイという水場の形態とその呼称が、近い過去までそのまま残った地域と、近世の釣瓶井戸に接して、それが古くからのツルイと音義において相通ずるところがあった為に、ツルイの概念に転移と混乱が生じた地域があったことを指摘している。
 「風呂」「釘抜き」地名など、現代人がイメージするものと、古代・中世における意味が異なってしまった地名群がいくつかありそうだ。それらの地名を理解する上で、下村氏の研究は良い参考例となっている。地名研究においては、言葉の印象や通説だけに頼らず、地道な調査が必要なようである。


 

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 大学時代に『「邪馬台国」はなかった』(古田武彦著)を読んで、夜寝られなくなりました。古代史に関心を持つようになったきっかけです。
 算数・数学・理科・社会・国語・英語など、オールラウンドの指導経験あり。郷土史やルーツ探しなど研究を続けながら、信頼できる歴史像を探究しているところです。
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