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 “非時香菓(ときじくのかくのこのみ)は本当に橘なのか①”と題して、田道間守(たじまもり)が常世国から持ち帰ったとされる「非時香果」が本当に今の橘(タチバナ)のことであるのかどうかを考察してきた。とかく人は結論を自説に結び付けたがる傾向があるもの。その論証が正しければ、周辺の事情までピタリと合うようになってくるものであるが、そうでない場合は、矛盾を解決するために次から次へと継ぎあてをしなくてはならない状況に陥る。屋上屋を重ねるようなものである。
 そこで独善を避けるために、今回は最近発刊された『探訪』第十四号(仁淀川歴史会、令和二年六月)の中から、「たちばなの源流を探る」と題する石元清士氏の論考を紹介しておきたい。
 実に21ページにわたる力作であるが、まとめの部分から要旨となる部分を引用し、解説を加えたい。
 私の疑問は、多くの国語辞書が「歴史上の橘(コミカン様のもの、以下Aと略称)と、現存する野生タチバナ(以下Bと略称)は全く別物亅と云う事から始まった。そうした記述の根拠は、牧野富太郎博士の見解にあり、その詳しい考え方も分かった。
 見解の要は、Bが「食うに耐えない劣悪な代物」と見る点にあるから、公的機関にBの糖度と酸度を測定してもらった。結果は三月頃には、味の点では生食に充分適した値になることが証明された。
 続いて、Bは「タジマモリ」以前から国内にあった事を文献で確かめ、「トキジクノカクノコノミ」は、食用として期待されたものではなく、不老不死を希求する、信仰上の仙果であったことを浮彫りにした。
 以上の点をふまえ乍ら、おもな歴史上の作品・記録の中の橘について、それはAかBかの判別を試みた。幸いなことにAとBは、「種子繁殖の可否」、「食品としての優劣」、「熟期の差」などに、明確な差異があり、それを尺度にすれば、その判別はさして困難ではなかった。
 その結果、私の見た限りでは、それらの橘はAであるという確かな証は見つからず、AとBは別物ではなく、歴史上の橘は野生タチバナそのものという、私なりの結論を得た次第である。
 従って、万葉人の愛した花橘は、松尾山のタチバナ群落の遠祖であり、栽培にまで広がる戸田(へだ・沼津市)の野生タチバナも、「菓子の長上」と讃えられた古代の橘と同一種であることが確かめられた。
 一番のポイントだけを簡潔にまとめると、論旨は次の①~③のようになる。
①国語辞典は歴史上の橘と現存する野生タチバナは別物と記している。
②その根拠は牧野富太郎博士の見解にあった。
③しかし著者は調査研究の末、歴史上の橘は野生タチバナそのものという結論を得た。

 辞典の類は研究の初めには必須なものであるが、新説を出す際にはむしろ通説を代弁する大きな壁となる。辞典の種類がいかに多くとも、そのほとんどは学界の権威者が発表した見解が踏襲され、一斉に右へ倣いをしていることが往々にしてある。この橘問題において、その権威となっていたのが、高知県が誇る世界的な植物学者・牧野富太郎博士だったとは少々意外でもあった。
 『牧野日本植物図鑑』(北陸館、昭和十五年)は、「野生タチバナは紀州みかん即ち小みかん様のものとし、現在西日本海岸地帯に稀に点在する野生『タチバナとは別のもの」との見解を示している。その根拠は「菓子の長上」と讃えられた古代の橘が「食うに耐えない劣悪な代物」であるはずがないとの牧野博士の独断にあった。
 そこで石元清士氏は、本当に野生タチバナは食用に耐えないものなのかどうか、自らタチバナの木を育ててその実を食してみたという。確かに12月下旬頃のタチバナの果実は通説に違わずすっぱかったのだが、面白いことに3月下旬頃には生食可能なおいしさになるという事実が証明された。このことは中央西農業振興センターに依頼して、糖度や酸度などについても測定調査済みだという。
 牧野博士は小学校中退という学歴のため苦労も多かったようだが、学界に縛られない独自の研究スタイルで一躍世界に通用する植物学者となっていった。常に貧苦に苦しめられながら、実家の酒造会社を潰してでも後世のために充実した植物図鑑を残そうとした精神は尊敬に値する。その博士がいつしか学界の権威として君臨していたとは……。
 石元氏はイザナギ・イザナミの神話の時代から「筑紫の日向の橘の小門の阿波岐原」といった「橘」地名が存在し、『魏志倭人伝』に橘が登場することにも言及。さらに「種子繁殖の可否」の点からの考察など、多方面からのアプローチで③の結論を導いている。自らの経験に基づき、実に実証的で、示唆に富んだ論考であった。
 だが疑問は残る。「非時香果」が本当に今のタチバナであったとすれば、田道間守がわざわざ常世国(海外)から持ち帰る必要はないことになる。もう一歩踏み込んだ考察が求められているのかもしれない。



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『探訪―土左の歴史』第19号 (仁淀川歴史会、2023年6月)
高知県の郷土史について、教科書にはない史実に基づく地元の歴史・地理などを少しでも知ってもらいたいとの思いからメンバーが研究した内容を発表しています。
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 大学時代に『「邪馬台国」はなかった』(古田武彦著)を読んで、夜寝られなくなりました。古代史に関心を持つようになったきっかけです。
 算数・数学・理科・社会・国語・英語など、オールラウンドの指導経験あり。郷土史やルーツ探しなど研究を続けながら、信頼できる歴史像を探究しているところです。
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