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 岐阜県(濃尾平野)を東西に移動してみると、木曽川、長良川、揖斐川およびその支流も含め、やたら川が多いことに気付く。今でこそ立派な橋が架かっているので、苦にならず移動できるが、古代や中世において川を渡る苦労はいかばかりであっただろうか。古代官道である東山道が、のちに整備された中山道よりも山寄りの北のルートをとっていたことは、渡河の労力を減らし、河川の氾濫を避ける意味合いもあったのだろう。川沿いや低湿地は古代官道にはそぐわないとされている。
 以前、瑞穂市を自転車で移動していたら、五六川という川に遭遇し、その名前に興味を持った。高知県民ならば、語源はあれだろうと予想がつきそうだが、一応調べてみることにした。
 五六川(ごろくがわ)は、岐阜県本巣市と瑞穂市、大垣市を流れる木曽川水系の河川。長良川支流の犀川に合流する一級河川である。河川名は中山道で川を渡ったところに美江寺宿があり、日本橋から56番目の宿場であることが由来となっている(美江寺宿は実際には55番目の宿場町)。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 55番目の宿場町なのに「五六川」とはこれいかに。ウィキペディアは信頼できる記事も多くなっているが、この名称由来には明確な根拠があるのだろうか。ちょっと疑問である。

▲岐阜県瑞穂市を流れる五六川

 高知県では「ゴロ」「ゴーロ」「ゴロク(五六)」は木の丸太に関連する言葉で、山林で伐採した材木を下流域で集積する場所などに見られる地名である。昔は丸太を筏のように組んで川に流して運んでいたようだ。「筏津」といった地名も見られる。
 このような知識がいくらかでもあったので、「五六川」という地名を見た時に、真っ先にイメージしたのが「上流で伐採した丸太を運搬するのに利用した川」に由来する河川名なのではないかということである。地図を開くと瑞穂市内には熊沢材木店・ヤマガタヤ産業(株) 西濃店・谷川木材といった材木店がいくつもある。古くから木材関係の産業があったものと見える。古来、岐阜県は最も良質の木材供給地であったとされる。しかし、岐阜県民でもない私は土地勘がないに等しいので、一つの説として提起しつつ、地元の研究者の判断を仰ぎたい。



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 大学時代に『「邪馬台国」はなかった』(古田武彦著)を読んで、夜寝られなくなりました。古代史に関心を持つようになったきっかけです。
 算数・数学・理科・社会・国語・英語など、オールラウンドの指導経験あり。郷土史やルーツ探しなど研究を続けながら、信頼できる歴史像を探究しているところです。
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