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 天の原 ふりさけ見れば 春日なる
   三笠の山に いでし月かも
       (『古今和歌集』巻九)
(意味)天の原をはるかに見渡したときに見える月、この月は私のふるさとの春日にある三笠の山の上に出る月と同じなんだよなぁ。 

(解説)作者の阿倍仲麻呂が、留学で渡った唐から日本に帰るときに詠んだ歌です。船の乗り場であちらの国の人が、仲麻呂の送別会をして別れを惜しんで、漢詩を作ったりしていました。それに飽き足らなかったのでしょうか、彼らは満月が出るまでそこに留まりました。月は海から出てきたのですが、この海を天の原とたとえ、上った月の情景を表現した歌です。
春日なる:春日にある。春日とは、今の奈良県奈良市
三笠の山:奈良市にある山

 古典の教科書などでは上記のような説明がなされており、学校で教えられたことだから正しいと思っている人がいかに多いことか。
 この有名な歌は紀貫之の書いた『土佐日記』にも引用されている。 少し長くなるが関連する部分を引用する。
二十日の夜の月出でにけり。
山の端もなくて、海の中よりぞ出で来る。
かうやうなるを見てや、昔、阿倍仲麻呂といひける人は、唐土にわたりて、帰り来ける時に、船に乗るべきところにて、かの国人、馬のはなむけし、別れ惜しみて、かしこの漢詩(からうた)作りなどしける。飽かずやありけむ、二十日の夜の月の出づるまでぞありける。その月は、海よりぞ出でける。
これをみてぞ仲麻呂のぬし、「わが国に、かかる歌をなむ、神代より神もよん給(た)び、今は上、中、下の人も、かうやうに、別れ惜しみ、喜びもあり、悲しびもある時にはよむ」とて、よめりける歌、
「青海原(あをうなばら)ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも」
とぞよめりける。
 『土佐日記』の紀貫之の証言をどのように受け止めるべきだろうか。唐から帰る時、船乗り場で、海から昇った月を見た仲麻呂は、「私の国では、このような歌を神代から神様もお詠みになり、今日では、上中下いずれの人でも、このように別れを惜しんだり、嬉しい時も、悲しいことがある時も詠むのです」と言って例の有名な歌を詠んだというのだ。
 作者は阿倍仲麻呂だと教えられてきたのに、実際は神代から詠み継がれてきた有名な歌を阿倍仲麻呂は唐で披露したに過ぎない……。素直に読むとそういうことになる。なぜ「天の原」でなく「青海原(あをうなばら)」となっているのかという疑問もあるかもしれないが、本歌は「天の原」という場所で詠まれたが、異なる場所で海から昇った月を詠んだので、場に則した形で詠み変えたものと考えられる。
 また、通説では「春日なる三笠の山」が奈良県にある山とされてきたが、奈良県の御蓋(みかさ)山は標高約283mと低すぎて、この歌にふさわしくないことは、当地でも早くから問題視されていた。これに対して福岡県の三笠山(宝満山、標高869m)であれば、近くに春日市もあり、壱岐の天の原遺跡辺りから月が昇る東方に見ることができて、地理的位置関係や自然地形上からも問題はない。
 延喜五年(九〇五)に成立した紀貫之の編纂になる『古今和歌集』は、貫之による自筆原本が三本あったとされている。残念ながらいずれも現存しない。しかし、自筆原本あるいは貫之の妹自筆本の書写本(新院御本)にて校合した二つの古写本の存在が知られている。
 一つは前田家尊経閣文庫所蔵の『古今和歌集』清輔本(保元二年、一一五七年の奥書を持つ)であり、もう一つは京都大学所蔵の藤原教長(のりなが)著『古今和歌集註』(治承元年、一一七七年成立)である。清輔本は通宗本(貫之自筆本を若狭守通宗が書写したもの)を底本とし、新院御本で校合したもので、「みかさの山に(ヽ)」と書いた横に「ヲ(ヽ)」と新院御本による校合を付記している。また、教長本は「みかさの山を(ヽ)」と書かれており、これもまた新院御本により校合されている。これら両古写本は「みかさの山に(ヽ)」と記されている流布本(貞応二年、一二二三年)よりも成立が古く、貫之自筆本の原形を最も良く伝えているとされる。
 原型が「みかさの山を出でし月」であれば、周囲の山々より低い奈良県の御蓋山にはますます似つかわしくないことになる。「神代より」とあるのだから、舞台は天孫降臨の地“筑紫の日向(福岡県の日向峠)”を中心とする領域である。近年、福岡県や佐賀県から弥生時代の硯(すずり)が発見され、まさに神代より歌が詠まれてきたという話が真実味を帯びてきた。
 歴史教科書のみならず、「もう一つの古典教科書問題」を提起しなければならなくなったようだ。

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 大学時代に『「邪馬台国」はなかった』(古田武彦著)を読んで、夜寝られなくなりました。古代史に関心を持つようになったきっかけです。
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