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 前回紹介した『鬼滅の刃』3大聖地の一つ、溝口竈門神社(福岡県筑後市溝口)は1014年に筑前国竈門山(現在の太宰府市)より勧請された。
 竈門山というのは宝満山のことで、信仰の山として知られる。現在では竈門神社上宮(山頂、標高 829m)、下宮(本社殿、標高 175m)が鎮座する。ここが『鬼滅の刃』3大聖地の筆頭とされる宝満宮竈門神社(祭神・玉依姫命)のことである。
 中宮跡は8合目、標高 725m に位置し、現在堂社は無い。山の名称は歴史的には「御笠山」の異称もあり、阿倍仲麻呂の「天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」(『古今和歌集』巻九)に歌われた三笠山というのは、奈良県の山などではなく、玄海灘から東方に見える竈門山(宝満山)のことだとの指摘(“春日なる三笠の山ーー『土佐日記』紀貫之の証言”)もある。
 それはさておき、問題は『鬼滅の刃』の聖地とされる本場九州の宝満宮竈門神社や溝口竈門神社の祭神がいずれも玉依姫命であるということだ。これに対して高知県の竈戸神社の祭神は奥津日子神・奥津比売神の二神とするところが多い。「竈神を祭る事は我邦では極めて古い所からあったもので、古事記に大歳神が天知迦流美豆姫を娶って生んだ子の中、奥津日子神、奥津比売神の二神が即ち諸人の拝する竈であるといふことになっている」(『神道史』清原貞雄著、1941年)といった専門家の解釈が影響しているようだ。
 『神社明細帳』の竈戸神社(荒神)の祭神は、前述の二神の外、迦具突知神、火産霊神(火武主比神)がある。いずれも火の神であるが、これは神仏分離の際あてられたもので、本来は単に火ノ神であったのであろう。(『長宗我部地検帳の神々』廣江清著、昭和58年)
 明治維新により新政府は神道の国教化を進め、神仏習合の信仰形態はよろしくないということで、神仏分離令を発した。神社自体も仏教色を廃し、神社の名所変更や祭神・沿革等の差出しを求めた。それらをもとに作られたのが『神社明細帳』である。このとき「荒神宮」「三宝荒神」は一律「竈戸神社」に名称変更されている。祭神についても明治政府に忖度してか、体裁を整えたようなところが見られる。マジカルバナナではないが、竈といったら火。火といったら火産霊神といった具合である。
 『鬼滅の刃』の作品中では「炎の呼吸を火の呼吸と言ってはならない」と戒められている。竈門家に伝承されてきた「ヒノカミ神楽」の「ヒ」は単なる「火」ではないのかもしれない。主人公・竈門炭治郎を助ける医者の珠世(たまよ)も作品中では重要な役割を果たしているようだが、その名は玉依姫命に由来するとも推測されている。

 今回紹介する高知市春野町芳原299の竈戸神社の祭神は「火産霊神ほか五柱」とされている。名称変更前は荒神宮。春野町でも人口が集中する南ヶ丘団地とキャンプ地として知られる春野球場との中間地点。観音正寺観音堂(高知県指定有形文化財)の近く、106段の石段の上に鎮座する。
 現地を訪れたとき、石段の下に若一王子宮の巨大な鳥居があったので、場所を間違えたかと思ったほどだったが、若一王子宮自体はさらに離れた場所に鎮座していた。春野町芳原の竈戸神社もまた他と同じように回りが見渡せるような高台の岡の上にあった。近くには馬頭観世音菩薩が祀られており、白土峠に向かうこの場所は、古来より山越えの要所となっていたようだ。

▲若一王子宮の鳥居の奥の山に竈戸神社が鎮座する
 ところで、高知県では玉依姫命を祭神とするような竈戸神社は今のところ聞いたことがない。けれども幡多郡を中心に八幡宮の配神として祀られている形態がある。宇佐八幡宮などでは①応神天皇、②神功皇后、③比売大神の3柱として祀られているが、③比売大神の代わりに「玉依姫命」として祀られているのである。
 高知県には7郡あって、「中5郡」という表現がある。高岡郡・吾川郡・土佐郡・長岡郡・香美郡の5つは中央の指示・伝達が行き届き、ある程度同じの文化を共有してきたが、東の端の安芸郡と西の端の幡多郡は独自の文化を保ってきたとされる。神社行政においても幡多郡だけは吉田家直支配の歴史があって、中央の意向にすんなりとは従わなかったところがある。
  九州の竈門神社に関係する「玉依姫命」が幡多郡の歴史ある八幡宮の祭神として残されてきたことに何か深い意味を感じる。

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