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 今年も6月30日がやって来た。高知県では「輪抜け様」と呼ばれるお祭りの日である。一年の半分が過ぎて、2026年は珍しいことに満月の輪抜け様。一般的には「夏越の大祓」などと呼ばれる。

 この儀式はいつ頃から始まったのだろうか。九州大学のキャンパス移転に伴って発掘された元岡・桑原遺跡から珍しい木簡が出土している。
元岡・桑原遺跡群第15次調査出土木簡
凡人言事解除法 進奉物者 人方七十七隻 馬方六十隻 須加水船四隻 弓廿張 矢四十隻 五色物十柄 □□多志五十本 赤玉百□ 立志玉百□□□二柄 酒三     米二升 栗木二□ □木八束
『古代木簡の世界 木簡がひらく古代史』(森公章、2025年)
 「人方七十七隻 馬方六十隻」と漢字表記は違うけれども、人形・馬形の形代や武器・布・玉・食料など「解除」執行に用いる物品を列記し、合点で照合したもので、後代の『延喜式』などに記される古代の大祓の祓具と共通する品目が見え、律令制初期に地方で挙行された儀礼の具体的内容を知る上で重要な史料になっている。
 現代においても、祓の具として人形(ひとがた)を使い、半年間の身についた“けがれ”を祓い清める夏越祭のような儀式が古代から行われていたことが伺い知れる一級史料である。
  参考までに紹介すると、元岡・桑原遺跡群からは前方後円墳6基、群集墳(円墳)50基以上、縄文・弥生・古墳・古代・中世等各時期の集落遺跡や山城、50基を超える日本最大級の製鉄炉跡、「大宝元年(701年)」が記載された木簡が発見されている。
  また、元岡古墳群から発見された金象嵌有銘鉄刀「庚寅銘大刀(こういんめいたち)」は1400年前の鉄製の刀で、刻み込んだ部分に金をはめ込む「金象嵌(きんぞうがん)」という手法で19文字が記されている。この文字から、西暦570年1月6日にこの大刀が作られたことが分かる。
  輪抜け様で穢れを祓い落とすなど、ナンセンスと考える人がいるかも知れないが、パソコンやスマホもキャッシュがたまってくるとメモリが圧迫されて動きが鈍くなってくる。そんなときはクリーンアップして本来のパフォーマンスを取り戻すようにする。そんなものなのかもしれない。
 大祓詞に登場する瀬織津姫は、祓戸四神の一柱で、水の力で罪や穢れを川から海へ流し去る「祓(はらえ)と浄化」の女神とされる。主に大祓などの祓えの儀式や、祓戸社・祓戸神社などでその働きが意識されている。
 参考までに夏越の祓「輪抜け様」実施神社一覧を紹介しておく。年々グレードアップしてきており、正確でないところもあるかもしれないが、役立ててもらえたら幸いである。

夏越の祓「輪抜け様」実施神社一覧
<神社名>  <現住所>
土佐神社  高知市一宮しなね2丁目16−1
朝倉神社  高知市朝倉丙2100−イ
石立八幡宮  高知市石立町54
出雲大社土佐分祠  高知市升形5-29
潮江天満宮  高知市天神町19-20
多賀神社  高知市宝永町8-36
小津神社  高知市幸町9-1
郡頭神社  高知市鴨部上町5−8
三所神社  高知市神田358−1
高知大神宮  高知市帯屋町2丁目7−2
高知八幡宮  高知市はりまや町3丁目8−11
仁井田神社  高知市仁井田3514
大川上美良布神社  香美市香北町韮生野243
八王子宮  香美市土佐山田町北本町2-136
山内神社  高知市鷹匠町2-4-65
若宮八幡宮  高知市長浜6600
愛宕神社  高知市愛宕山121-1
薫的神社  高知市洞ヶ島町5-7
鹿児神社  高知市大津乙3199
清川神社  高知市比島町2丁目13−1
天満天神宮  高知市福井町917
本宮神社  高知市本宮町94
多賀神社  高知市宝永町8−36
掛川神社  高知市薊野中町8-30
六條八幡宮  高知市春野町西分3522
仁井田神社  高知市北秦泉寺
熊野神社  南国市久礼田2213
剱尾神社  南国市浜改田2465
椙本神社  吾川郡いの町大国町
三島神社  土佐市高岡丁天神
久礼八幡宮  高岡郡中土佐町久礼
賀茂神社  須崎市多ノ郷甲1780
不破八幡宮  四万十市不破
常栄神社  四万十市具同8712番


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 2025年、今年も6月30日がやって来た。毎年雨模様となることが多いが、3日前に梅雨明けとなり、本格的な夏到来。今日は高知県では「輪抜け様」と呼ばれるお祭りの日である。一般的には「夏越の大祓」などと呼ばれる。
 県外では、愛媛県松山市のように同じく6月30日に開催しているところもある。しかし本来は陰暦の6月30日に行う行事であり、伝統を重んじて陽暦の7月に執り行っているところもあるようだ。香南市香我美町の浅上王子宮なども、毎年7月21日頃に開催しているとのこと。



 今年は朝ドラ『あんぱん』効果もあって、注目はやはり大川上美良布神社だろうか。アンパンマンミュージアムに近く、やなせたかしの幸運十二支お守りもテレビで紹介された。
 昨年は珍しく日曜日であったが、今年は「月曜、学校休まんでー(Monday)」。出店目当ての生徒らは放課後からの参詣を楽しみにしているので、塾キャンセル界隈多発警報が出そうだ。

  輪抜け様で穢れを祓い落とすなど、ナンセンスと考える人もいるかも知れないが、パソコンやスマホもキャッシュがたまってくるとメモリが圧迫されて動きが鈍くなってくる。そんなときはクリーンアップして本来のパフォーマンスを取り戻すようにする。そんなものなのかもしれない。
 参考までに夏越の祓「輪抜け様」実施神社一覧を紹介しておく。年々グレードアップしてきており、正確でないところもあるかもしれないが、役立ててもらえたら幸いである。
夏越の祓「輪抜け様」実施神社一覧
<神社名>  <現住所>
土佐神社  高知市一宮しなね2丁目16−1
朝倉神社  高知市朝倉丙2100−イ
石立八幡宮  高知市石立町54
出雲大社土佐分祠  高知市升形5-29
潮江天満宮  高知市天神町19-20
多賀神社  高知市宝永町8-36
小津神社  高知市幸町9-1
郡頭神社  高知市鴨部上町5−8
三所神社  高知市神田358−1
高知大神宮  高知市帯屋町2丁目7−2
高知八幡宮  高知市はりまや町3丁目8−11
仁井田神社  高知市仁井田3514
大川上美良布神社  香美市香北町韮生野243
八王子宮  香美市土佐山田町北本町2-136
山内神社  高知市鷹匠町2-4-65
若宮八幡宮  高知市長浜6600
愛宕神社  高知市愛宕山121-1
薫的神社  高知市洞ヶ島町5-7
鹿児神社  高知市大津乙3199
清川神社  高知市比島町2丁目13−1
天満天神宮  高知市福井町917
本宮神社  高知市本宮町94
多賀神社  高知市宝永町8−36
掛川神社  高知市薊野中町8-30
六條八幡宮  高知市春野町西分3522
仁井田神社  高知市北秦泉寺
熊野神社  南国市久礼田2213
剱尾神社  南国市浜改田2465
椙本神社  吾川郡いの町大国町
三島神社  土佐市高岡丁天神
久礼八幡宮  高岡郡中土佐町久礼
賀茂神社  須崎市多ノ郷甲1780
不破八幡宮  四万十市不破
常栄神社  四万十市具同8712番

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 2024年の青龍の年。早明浦ダムに竜がいるという情報を手がかりに、『ドラゴンクエスト』の冒険に出かけた。国道439号線沿いの道の駅「土佐さめうら」で辰年記念スタンプラリーの用紙と聞き込み情報をゲット。
 何と白髪神社の場所が地蔵寺川を渡った目と鼻の先であった。もう1つの目的であった「輪抜け様」を実施している神社である。土佐郡土佐町宮古野(みやこの)。推定樹齢300年以上という4本のスギ巨木が土佐町指定天然記念物に定められている。

 6月30日は雨模様の輪抜け様となり、茅の輪の上には雨除けがこしらえてあった。外国人らしき人もカメラを片手に参拝に来ていた。
 白髪神社は、国道に背を向けるように鎮座している。神社から見ると、国道と反対の向きに、水田内をまっすぐ参道が延びている。結果的に神社の裏口から入って、表参道に抜けることになった。一の鳥居まで行くと、社殿が数本の大杉に埋もれてしまったように見える。

 旧郷社ということで、古い歴史を持つ。宮古野の白髪神社の宮元宮司は第41代目になるとか。古文書によると白髪神社の遷座時、初代宮元左近将監は天慶五年(西暦946年)の方であり、長徳寺建立が久安五年(西暦1149年)だとすると、それよりも古いことになる。
 白髪神社を後にして、川の駅、湖の駅を経て、細い山道を慎重にドライブしながら村の駅(結の里)にたどり着く。そこで手にしたのは「辰年プレミアムカード」であった。

宮古野白髮神社
 土佐郡森村宮古野に郷社白髪神社がある。同社は同村宮古野、南泉、北泉、土居四ヶ村の總鎮守で昔は白髪大明神と稱した。これは森郷の地頭近江守の氏神であるといはれている。近江守はもと近江の人で戰國の時代流落してこの地に來り、故國の白髪山を移して白髪大明神を勧請したといふ。
 古老の傳説によると、昔土居村は長磯村といつて民家僅かに二十軒ばかりの小部落であつたが、何時の頃か、何處からともなく多くの猿どもが部落を襲って来て部落の者共を喰ひ殺して仕舞って、漸く山元に、 住つていた老翁夫妻と容貌美しいぞの一人娘と三人が生き残っていた。ある日阿波の國から一人の武士がやつて来た。即ち森近江である。彼は吉野川に沿うて獵をしながら此處へ辿りつき、この老翁に一夜の宿を申入れたが老翁は此の地は猿の來攻で一人残らず村民は喰い殺されて仕舞ひこの一家三人だけが漸くそ の惨害より免れて今日に到つたがこの先きいかにせんかと今心配して途方にくれていることを告げ、危險な土地故一刻も早く立ち去られよと斷つたが、近江は少しも意に介せず、自分は獣などは何とも思はぬから是非一宿さして呉れとて漸く老翁の許を得てゆつくり旅の疲勞を休めた。その夜果せる哉、老翁のいう通り十二頭の猿がやつて来たので平素手練の腕前、美事に十二頭を打ち取り之を長磯村の前川へ流した所それが段々流の末の阿波に至るまでに一頭づ、十二ヶ所に漂着してその所々で祟をなしたので、その十二の猿を権現と祀り十二権現の社が川筋に十二ヶ所たつている。さうした由来から土居村へ猿が出て来るのを不吉の兆と言ひ傳へてゐる。森近江は老翁の配偶として長磯村を森村と改稱した。
 一日森近江は本山鄉行見川の奥なる白髪の老翁に出遭ひ奇瑞を得てから、附近の者どもはこの白髪の老翁を崇敬し白髪山に參詣する者漸次に数を増加して来たので、森、本山、本川の村人らは右三郷の中央の森の中へ社殿を建立して白髪大明神と稱し崇敬祈祀しその所を宮古野と稱したといふ。
(參考)
 この神社に長會我部元親父子の署名した棟札が今に殘つて居る所を見ると萬更ただの隠祠でないことが判る。棟札に曰く
天正二年、大旦那秦氏元親、同千雄丸、右願主地頭茗原氏孝顏、同春松丸、神主正重福井神兵衛、北村定安、波越民部

『土佐傳説全集』(津村久茂著、昭和23年)49〜50ページより


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 2024年、今年も6月30日がやって来た。この日は高知県では「輪抜け様」と呼ばれるお祭りの日である。一般的には「夏越の大祓」などと呼ばれる。
 県外ではどうなのかと気になっていたところ、愛媛県松山市では同じく6月30日に開催しているとのこと。しかし本来は陰暦の6月30日に行う行事であり、伝統を重んじて陽暦の7月に執り行っているところもあるようだ。
 昨年は初めて「輪抜け様」の輪に加わった高知市神田の三所神社を訪れた。知り合いも「今年は三所神社に行ってみようかな」と言っていた。珍しく今年は日曜日と重なり、例年より賑わいそうな予想もある。穴場の神社を発掘するのも楽しみの1つだ。輪抜け様の日によく雨が降るというジンクスは今年も当てはまりそうである。穢れを洗い流してくれる雨なのかもしれない。
 参考までに夏越の祓「輪抜け様」実施神社一覧を紹介しておく。年々グレードアップしてきており、正確でないところもあるかもしれないが、役立ててもらえたら幸いである。

夏越の祓「輪抜け様」実施神社一覧
<神社名>  <現住所>
土佐神社  高知市一宮しなね2丁目16−1
朝倉神社  高知市朝倉丙2100−イ
石立八幡宮  高知市石立町54
出雲大社土佐分祠  高知市升形5-29
潮江天満宮  高知市天神町19-20
多賀神社  高知市宝永町8-36
小津神社  高知市幸町9-1
郡頭神社  高知市鴨部上町5−8
三所神社  高知市神田358−1 <new>
高知大神宮  高知市帯屋町2丁目7−2
高知八幡宮  高知市はりまや町3丁目8−11
仁井田神社  高知市仁井田3514
大川上美良布神社  香美市香北町韮生野243
八王子宮  香美市土佐山田町北本町2-136
山内神社  高知市鷹匠町2-4-65
若宮八幡宮  高知市長浜6600
愛宕神社  高知市愛宕山121-1
薫的神社  高知市洞ヶ島町5-7
鹿児神社  高知市大津乙3199
清川神社  高知市比島町2丁目13−1
天満天神宮  高知市福井町917
本宮神社  高知市本宮町94
多賀神社  高知市宝永町8−36
掛川神社  高知市薊野中町8-30
六條八幡宮  高知市春野町西分3522
仁井田神社  高知市北秦泉寺
熊野神社  南国市久礼田2213
剱尾神社  南国市浜改田2465
椙本神社  吾川郡いの町大国町
三島神社  土佐市高岡丁天神
久礼八幡宮  高岡郡中土佐町久礼
不破八幡宮  四万十市不破
常栄神社  四万十市具同8712番

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 天神神社は岐阜県瑞穂市居倉にある神社である。旧社格は郷社。倭姫命が滞在した「伊久良河宮(いくらがわのみや)」の跡とされ、元伊勢の一つとなっている。正史『日本書記』や『倭姫命(やまとひめのみこと)世紀』等に次のように書かれている。
 「垂仁天皇の時、倭姫命に命ぜられ、伊賀、近江を経て、美濃の居倉に四年間留まられ、伊勢に遷宮された」
 垂仁天皇から命を受けた娘の倭姫命が天照大神を祀る地を探し、この地にたどり着いたという。それがいつの時代なのか正確には分からないが、その痕跡はあるのだろうか。『岐阜県の歴史』(2000年)を開いても、それらしいことは何も書かれていない。しかし、周辺地図を確認してみると、方八町程度の正方形の土地の北辺中央に伊久良河宮跡が位置し、南辺を古代官道が通っていた。宮殿らしきものがあってもおかしくないロケーションである。
 その跡地に、高皇産霊神・神皇産霊神の天神御二柱を祭神として斉き祀ることから、社号を「天津神神社」と古書に記されている。本来、天神とは学問の神様・菅原道真のことではなく、神代の時代に活躍した天津神のことなのである。相殿に誉田別命、外27柱を合祀する。
 神社境内の奥には、神が宿る御船代石(みふなしろいし)と呼ばれる石が2つ安置されている。その北側に天照大神、西側には倭姫命が祀られている。東側の境内社は愛知県や岐阜県などに多い白山神社のようだ。また付近からは神獣鏡の破片(福富茂直宮司所蔵)が出土しており、古い時代の痕跡を確かに残しているようだ。
 伊久良河宮跡は、伊勢神宮のふるさととして伊勢神宮から尊崇されており、今でもお使いの方が参拝にいらっしゃるという。

<歴史>
 『倭姫命世記』によれば、垂仁天皇10年、倭姫命が天照大神の御霊代を祀る地を探し、淡海国坂田宮より美濃国伊久良河の地にたどり着き、この地に4年滞在したと伝えるが、当神社はこの時伊久良河宮としてこの地に宮殿が造られたのが始まりと伝えられ、また本殿右にある御船代石(みふなしろいし)はその時に天照大神の神輿を安置した跡とも伝える。ちなみにその後、倭姫命は生津から2艘の木船で川を下り、尾張国神戸(現一宮市)にたどり着き、中島宮に滞在することとなる(『世記』)。
 社伝によれば、社殿建立以前は一帯が禁足地とされ、御船代石を憑代に祭祀が行われていたというが、御船代石の周囲からは神獣文鏡6面や硬玉製を始めとする30個余りの勾玉が出土しており、古代の祭祀遺跡であると見られている。
 江戸時代には旗本の青木氏の崇敬を受け、現在の本殿は元禄年間(1688年ー1704年)の造替である。明治以前は「伊久良河宮 天神宮」や「天津神神社」とも呼ばれていたが、明治6年(1873年)、「天神神社」に改称して郷社に列した。



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 残暑どころか猛暑続きの日々。神社巡りも厳しい季節だ。今年初めて茅の輪を作り、輪抜け様を行った高知市神田の三所神社。神社通の方ならこの神社名で熊野系の神社ではないかとイメージできるのではないか。

 鳥居横の掲示板に御祭神が書かれている。伊邪那美大神(いざなみのおおかみ)、速玉之男大神(はやだまのおのおおかみ)、事解之男大神(ことさかのおのおおかみ)。間違いなく紀州熊野三山の三神が祀られているようだ。三柱の神様を祀ることから三所神社と呼ばれるのだろう。

 高知県には多くの熊野神社があり、高知市内にも次のような熊野系神社が目につく。

高知市鷹匠町2-4-26 熊野神社(山内神社境内社)
高知市比島町2丁目 四社神社・熊野神社
高知市鏡上的渕違野 熊野神社
高知市鏡去坂 熊野十二所神社
高知市鏡的渕 熊野神社

 これらに加えて、高知市神田の三所神社も熊野系ということになるだろう。なぜ、熊野神社が多いのか。いつ頃、どういう経緯で高知県に入ってくることになったのか。興味は尽きないが、また回を改めて書いてみたい。


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 2023年、今年も6月30日がやって来た。この日は高知県では「輪抜け様」と呼ばれるお祭りの日である。一般的には「夏越の大祓」などと呼ばれる。県外ではどうなのかと気になっていたところ、愛媛県松山市では同じく6月30日に開催しているとのこと。しかし本来は陰暦の6月30日に行う行事であり、伝統を重んじて陽暦の7月に執り行っているところもある。
 今年の注目は何と言っても初登場、高知市神田の三所神社だろう。地域住民の声もあり新たに「輪抜け様」の輪に加わることになった。その意気込みはポスターのクオリティーにも表れている。氏子の人も「三所神社始まって以来初めての輪抜け様」と語る。メダカすくいをはじめとする屋台を準備しているかたわら、フライングして輪抜けをして参拝させてもらった。
 今年は気持ちも新たに、いつもと違う輪抜け様となったが、輪抜け様の日によく雨が降るというジンクスもコロナ禍前のことを思い出す。参考までに夏越の祓「輪抜け様」実施神社一覧を紹介しておく。年々グレードアップしてきており、正確でないところもあるかもしれないが、役立ててもらえたら幸いである。
夏越の祓「輪抜け様」実施神社一覧
<神社名>  <現住所>
土佐神社  高知市一宮しなね2丁目16−1
朝倉神社  高知市朝倉丙2100−イ
石立八幡宮  高知市石立町54
出雲大社土佐分祠  高知市升形5-29
潮江天満宮  高知市天神町19-20
多賀神社  高知市宝永町8-36
小津神社  高知市幸町9-1
郡頭神社  高知市鴨部上町5−8
三所神社  高知市神田358−1 <new>
高知大神宮  高知市帯屋町2丁目7−2
高知八幡宮  高知市はりまや町3丁目8−11
仁井田神社  高知市仁井田3514
大川上美良布神社  香美市香北町韮生野243
八王子宮  香美市土佐山田町北本町2-136
山内神社  高知市鷹匠町2-4-65
若宮八幡宮  高知市長浜6600
愛宕神社  高知市愛宕山121-1
薫的神社  高知市洞ヶ島町5-7
鹿児神社  高知市大津乙3199
清川神社  高知市比島町2丁目13−1
天満天神宮  高知市福井町917
本宮神社  高知市本宮町94
多賀神社  高知市宝永町8−36
掛川神社  高知市薊野中町8-30
六條八幡宮  高知市春野町西分3522
仁井田神社  高知市北秦泉寺
熊野神社  南国市久礼田2213
剱尾神社  南国市浜改田2465
椙本神社  吾川郡いの町大国町
三島神社  土佐市高岡丁天神
久礼八幡宮  高岡郡中土佐町久礼
不破八幡宮  四万十市不破
常栄神社  四万十市具同8712番

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 連続テレビ小説『らんまん』で、主人公・槙野万太郎が幼少期の頃、裏山の神社の境内で天狗の坂本龍馬と会う。ドラマで描かれているのは、慶応3年(西暦1867年)3月の土佐・佐川だ。この頃、史実では下関に滞在していたとされ、第3回では迎えに来た別の侍が「何やりゆうがですか、下関におることになっちゅうがですき」と龍馬を諫めるシーンも盛り込まれている。

 「龍馬は作り話ですけんど、天狗のほうは本当に居りました」と、牧野富太郎の生家を案内する地元の観光ガイドは語っていた。生家の近くにある龍淵山・青源寺十三世「愚仲(ぐちゅう)和尚」のことのようだ。明治初頭の苛酷な廃仏毀釈に対して身命を賭して法灯と伽藍を護り抜いた功績により廃絶をまぬがれ、現在の堂宇が今日に伝えられた。裏山で遊ぶ富太郎らに、目玉をくらわせたこともあり、幼い頃の牧野博士に影響を与えた人物とされる。

 その舞台となった肝心の裏山の神社とは? 生家の脇から登る階段があった。久しぶりの山登りで境内に上がるまでに完全に息が切れてしまった。身体の弱かった富太郎を鍛えてくれた場所でもあったようだ。

 高岡郡佐川町甲の金峰神社(伊奘冉命、外三神)の境内には「文化十三年丙子(1816年)」の年号が刻まれた灯籠も残されている。江戸時代は「午王宮」「産土神社」などと呼ばれていたらしい。「私はその前から植物が好きで、わが家の裏手にある産土神社のある山に登ってよく植物を採ったり、見たりしていたことを憶えている」と『牧野富太郎自叙伝』にも記されている。
 
 
 

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 いの町といえば映画『竜とそばかすの姫』の舞台にもなったJR伊野駅。そこから徒歩15分ほど行った仁淀川の近くに、歴史ある椙本神社が鎮座する。2023年2月12日(日)は、「いの大黒さま」と親しまれる椙本神社の春の大祭が行われていた。
 しばらく引きこもりがちであったが、久しぶりに出かけてみると、道沿いに屋台が立ち並んでいる。「犬も歩けば棒に当たる」ではないが、何か神様から呼ばれたような感覚だった。
 毎年2月に行われる椙本神社の春の大祭は土佐三大祭りにも数えられている。笹の枝に絵馬や小さな俵をくくりつけた福笹が名物で、朝から地元の人たちが去年の福笹を手に次々と訪れ、奉納しては新しい福笹を買い求める。
 参拝者は古くから伝えられている福俵を手に、福をいただきその年の幸せを祈願する。7段飾りの雛人形を背景に福を呼び込む神楽「大国主の舞」は、すでに奉納された後であったが、夕方訪れたときには獅子舞を観ることができた。

 
 テレビニュースでも祭の様子が報道されていたようで、「福銭はもらってきた?」と聞かれたが、持ち帰ったのは屋台で買った大判焼き。抹茶、チーズベーコンなどの変わり種の餡入り。
 「福銭」というのは、神楽「大国主の舞」で稲穂や小づちを担いだ2体の神が五穀豊穣や一家の円満を願って舞い踊った後に配布するもの。訪れた人たちが向こう一年幸せに暮らせるようにと、祈願した小銭が入った袋のことらしい。
 小銭は逃してしまったが大判ゲットで良しとすべきか。


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 遅くなりましたが、新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。

 長良川の堤防から初日の出を見ながら、白髭(しらひげ)神社(岐阜県大垣市墨俣町)で2023年元旦の初詣。岐阜県長良川沿いには複数の白髭神社が鎮座しているようです。案内板には次のように説明してあります。

白髭神社

(祭神) 猿田彦命

 もとは白髭大明神と言い、社家今村氏が代々務めていたという。寛文七年(一六六七年)と天和二年(一六八二年)の文書に大明神とあって、明治七年(一八七四年)に白髭社として届け、 明治一二年(一八七九年)に村社となった。続いて明治一三年 (一八八〇)には白髭神社として神社明細帳に記された。 白髭神社は舟運の無事を祈って建てられた神社であって、長良川沿いには多い。

▲大垣市墨俣町・白髭神社

 ここは美濃国安八郡式内社の荒方神社(荒方明神)の論社の一つです。元々の位置は現在の犀川河川敷であり、本巣郡と安八郡の境に存在したといいます。墨俣城の北に位置し、境内は一夜城址公園の一部となっています。元日のこの日、公園内で羽根突きをしている姿が見られました。
 東隣りにある境内社は豊国神社。これは墨俣城の模擬天守閣(大垣市墨俣歴史資料館)が築かれた際、大阪城公園の豊國神社から分祀したそうです。なお、大阪の豊國神社の祭神は豊臣秀吉、豊臣秀頼、豊臣秀長ですが、豊国神社に分祀された祭神は豊臣秀吉のみとのこと。
 初日の出に集まった人々に、地元の方が2023年の干支である兎のストラップを配っていました。新年早々、福を分けていただき、有難い一年のスタートとなりました。



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『土佐史学』創刊号
(土佐歴史学会、2026年1月)
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「土佐歴史学会」が『土佐史学』創刊号を発刊。研究論文2本、他。 2015年より開始した土佐歴史再発見研究会、土佐歴史研究交流会、 土佐歴史研究会などの研究会活動を経て、2024年新たに土佐歴史学会を設立。ホームページにも活動紹介あり。今、歴史の扉が開かれる。
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塾講師
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自己紹介:
 大学時代に『「邪馬台国」はなかった』(古田武彦著)を読んで、夜寝られなくなりました。古代史に関心を持つようになったきっかけです。
 算数・数学・理科・社会・国語・英語など、オールラウンドの指導経験あり。郷土史やルーツ探しなど研究を続けながら、信頼できる歴史像を探究しているところです。
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