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 長野県諏訪市と伊那市との境に守屋山(もりやさん、標高1,651m)という山がある。この山と『旧約聖書』の創世記に登場するモリヤ山との関連については、日ユ同祖論として以前から指摘されている。
 神は言われた「あなたの子、あなたの愛するひとり子イサクを連れてモリヤの地に行き、わたしが示す山で彼を燔祭としてささげなさい」。(創世記22章2節)
 イスラエルの信仰の祖とされるアブラハムのイサク献祭である。一度目の献祭に失敗したアブラハムは自分の命よりも大切なひとり息子を捧げることを通して、その信仰を試されたのである。モリヤ山はそれほど高い山ではなかったが、3日を要したとあることからアブラハムが悩み抜いた末に、ついに神に従う決断をしたことが想像される。
 み使いが言った、「わらべを手にかけてはならない。また何も彼にしてはならない。あなたの子、あなたのひとり子をさえ、わたしのために惜しまないので、あなたが神を恐れる者であることをわたしは今知った」。(創世記第22章12節)


 また、歴代志下にもモリアの山に神殿を建設する話が出てくる。
 ソロモンはエルサレムのモリアの山に主の宮を建てることを始めた。そこは父ダビデに主が現れられた所である。(歴代志下第3章1節)
 いずれにしても、ユダヤ民族にとって信仰の対象となる聖なる山といった位置づけである。後に救い主イエス・キリストは「神のひとり子」「神殿」にも喩えられる。
 一方、長野県の守屋山もまた、信仰の対象とされる山であった。かつては旧6月朔日に登山して、祠を拝した後に磐座を7回まわって諏訪上社へ参拝する「御七堂」という行事を行っていたという。イスラエルの民がエリコの町を7周回ると城壁が崩れ落ちたというエリコ城陥落の奇跡(ヨシュア記第6章)を連想させる。
 諏訪上社の神長(かんのおさ)という筆頭職に就いた守矢氏は、家伝によると物部守屋とのつながりがあるとされているが、遠くイスラエルとの関係はあるのだろうか。
 そこで、もう一つのカギとなるのが諏訪信仰の女神・多満留姫(たまるひめ)である。洩矢神の娘で、建御名方神の出速雄神に嫁いだとされる。たまーるか、旧約聖書にも「タマル」が出てくるちや。突然、土佐弁でごめんなさい。土佐弁の【たまるか】は驚いた時に使う言葉で「Oh,my God!」といったニュアンスだろうか。 
 旧約聖書にはタマルが2人登場する。登場箇所は創世記第38章およびサムエル記下第13章である。
①「創世記」の登場人物。ヤコブの子ユダの息子の嫁タマル。
②「サムエル記」の登場人物。ダビデの娘、アブサロムの同母妹タマル。

 多満留姫と姫が付くのだから王族、すなわち②のダビデ王の娘のことだろうか。可能性は無きにしもあらずであるが、むしろ①のヤコブの子ユダの息子の嫁タマルのことなのではないかとの印象を受ける。なぜなら、①のタマルは『新約聖書』のイエスの系図にも登場しているからだ。

 マタイ福音書冒頭の系図には、4人の女性たちの名が記されている。タマルとラハブとルツとウリヤの妻である。『新約聖書』を読み始める人にとって最初の挫折ポイントがこの系図。アイドルに関心がない人に乃木坂46のメンバーの名前を延々と並べられても困るのと同じで、『旧約聖書』の知識がなければ、誰が誰だか分からないような人物名が延々と続く。しかも4人の女性たちは皆、スキャンダラスな女性ばかりである。
 キリスト教会の説教では、罪悪の血統からでも神は無原罪のイエスを誕生せしめることができ、その救いは異邦人に対しても例外なくもたらされるーーそういったスタンスで語られる。本来ならば包み隠したくなるような部分をありのまま描くことで神の救いの恩賜の偉大さをことさらに強調した……。
 本当にそうだろうか。『創世記』第38章からタマルについてまとめると次のような話になる。
 タマルはユダの長男エルと結婚するが、死別。その後、長男の血筋を残すため、ユダは次男オナンをタマルと結婚させた。しかし、オナンはタマルと関係を持つたびに、子種を地に流したため、神により殺される。ユダは、タマルに、三男シラが成人するまで未亡人として実家に留まるよう命じた。
 その後、タマルはシラと再婚する見込みがないことを知って、娼婦の姿を装い、義父ユダと関係を持つ。この時、タマルの姦淫を密告する者があったが、代価の支払いの保証として、ユダの印と杖を預かっていたため、刑罰を免れる。タマルはペレツとゼラという双生児を出産した。(『創世記』第38章より要約)
 確かにキリスト教的な倫理観からも、現代的な感覚からも、良妻とはかけ離れた罪深い女性のように見える。また、人をだましたり画策したりといったことは信仰とは対極的なものとされる。礼拝説教のたびに罪の女と言われ続けてきた聖書の女性たちは、霊界でどれほど肩身の狭い思いをしてきたことだろうか。
 ユダヤの系図にタマルをはじめとする女性の名が残されているのは、やはりそれなりの功績を残したからではないのか。表面上は選民の血統をつなぐためのキーパーソンだったということもあろう。だが、それだけではなさそうだ。罪の血統から無原罪のイエス・キリストを誕生させるための血統転換の秘密がタマルの物語にあるというのだ。
 タマルはシラといわば婚約状態の時に身ごもった。それはあたかも無原罪の宿りとされるマリヤがヨセフと婚約状態の時にイエスを身ごもったことと相通ずる。そこには失楽園におけるエバの失敗を元がえし、将来メシアが誕生するための胎中聖別をもたらした秘話が隠されていた。



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無題
『たまるか』というのは、耐えられないという意味ですが、高知では驚いたときに使うんですね、初めて知りました。
タマルの胎中聖別の話はとても良く研究してますね。しかし、、、。
確かに、シラは長男の後継ぎを得るためにタマルと関係を持つ必要がありましたが、生んだところで長男エルの子供とされてしまうだけ。ヨセフの立場とは全く違うと思います。
NAOFUJITA 2022/04/17(Sun)20:58:59 編集
Re:無題
まずはご意見ありがとうございます。

>『たまるか』というのは、耐えられないという意味ですが、高知では驚いたときに使うんですね、初めて知りました。

もちろん「耐えられない」という意味でも使います。会話で使われる感じでは、相槌のように用いられることが多いように感じます。土佐弁は難しいところがあります。

>タマルの胎中聖別の話はとても良く研究してますね。しかし、、、。

聖書をよく読みこんでおられる方からすると、まだまだ勉強不足で何を言っているのかとおりを受けるかもしれません。

>確かに、シラは長男の後継ぎを得るためにタマルと関係を持つ必要がありましたが、生んだところで長男エルの子供とされてしまうだけ。ヨセフの立場とは全く違うと思います。

そうですね。違うと言えば違うかもしれません。ブログ上では書けなかった内容もあります。どちらかというと、人々から理解されない心情的試練を通過した女性という立場がオーバーラップしました。
よろしくご指導お願いします。
2022/04/17 22:37
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 大学時代に『「邪馬台国」はなかった』(古田武彦著)を読んで、夜寝られなくなりました。古代史に関心を持つようになったきっかけです。
 算数・数学・理科・社会・国語・英語など、オールラウンドの指導経験あり。郷土史やルーツ探しなど研究を続けながら、信頼できる歴史像を探究しているところです。
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