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 これまで『皆山集』(高知県立図書館発行:原本は明治時代、高知県庁で高知県史料などの編さんに従事していた松野尾章行が集録した史料集)をメインに、いわゆる「九州年号」を発見してきた。一方、1815年(文化十ニ年)高知城下朝倉町、武藤到和・平道父子が中心となり編纂された『南路志』には「九州年号」はないだろうと思っていた。もちろん『日本書紀』からの引用としての「白鳳」などは随所に見られるが、それはものの数には入れられない。同様に「天武天皇朱鳥元年八月丁丑、為天皇體不豫、祈于神祇」(『南路志 第1巻』P167)なども、『日本書紀』の引用としての「朱鳥元年」であるからノーカウントだ。
 ところが、それに続いて「同書曰 持統天皇朱鳥三年七月辛未、流偽兵衛、河内國澁川郡人、柏原廣山、于土左國」とある。配流に関する記事だ。この「朱鳥三年」とは何なのだろうか。


 現在の『日本書紀』によるならば、天武天皇十五年(686年)に朱鳥元年となっており、朱鳥の元号はこの年限りで、翌年からは持統天皇元年になる。しかし、『万葉集』左注が引用した日本紀の記述に持統天皇の時代の記事に対してまで、朱鳥の元号(朱鳥四年、六~八年)が用いられているのである。
 万葉集に引用された日本紀は、現存日本書紀そのものではなく、寧ろ年の干支や朱鳥の年号などが書かれてあった本ではなかったのか。あるいはまだ一部に整理整頓の残されていた未完成な草稿本のようなものであったのかもしれない。(並木宏衛氏 「万葉集巻雑歌と日本書紀」より)
 これに対し、『南路志』では「持統天皇朱鳥三年」として持統天皇三年の記事をそのまま引用していることから、編者は「朱鳥三年=持統天皇三年」つまり朱鳥は持統天皇の年号のようにとらえていることが判断できる。これは江戸時代における尊皇派の儒者の思想によるものだろうか。土佐南学派の谷秦山(重遠)が「勝照二年=用明天皇二年」と考えたこと(“小村神社の始鎮は「勝照二年」その1”)と背景が似ている。すなわち、「天皇家以外に年号なし」という一元史観に基づく歴史認識である。

 だが、問題はそれだけにとどまらない。“朱鳥二年の天満宮の宝刀はいずこへ①”で紹介したように、潮江天満宮の宝刀に「朱鳥二年」が刻まれていることが『皆山集①』に記録されている。
「御剣銘に朱鳥二年八月北 神息とみゆ」(P356)
「天満宮ノ宝刀
神息ノ刀   土佐国土佐郡潮江村天満宮御宝刀表ニ神息裏二朱鳥平身作り中直刀少々のたれ有   匂ひ深シ明治廿六年二月廿三日祠官宮地堅磐方ニ於テ謹拝見ス 松野尾章行」(P358)
 これが本物であれば金石文扱いの一級史料となるが、仮に偽造されたものであったとしても、それが製造された時点で朱鳥年号が元年だけではないという認識があったことになる。『南路志』の「持統天皇朱鳥三年」についても同様のことが言える。すなわち、朱鳥年号は元年のみでなく、複数年続いたという認識である。
 『日本書紀』編者は隠そうと試みたかもしれないが、『万葉集』や『日本霊異記(にほんりょういき)』などいくつかの文献にその痕跡が残っており、抹消することはできなかったようである。近畿天皇家に先行する九州王朝による「九州年号」の痕跡を……。持統天皇、文武天皇は改元を行わず、通説では「大宝」建元(701年)までの15年にわたって元号は断絶したことになっている。
 

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 大学時代に『「邪馬台国」はなかった』(古田武彦著)を読んで、夜寝られなくなりました。古代史に関心を持つようになったきっかけです。
 算数・数学・理科・社会・国語・英語など、オールラウンドの指導経験あり。郷土史やルーツ探しなど研究を続けながら、信頼できる歴史像を探究しているところです。
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